三位組笹川村水防旗

更新日:2023年03月31日

町・歴史資料 昭和41年5月25日指定

朝日町笹川1002(竹内益裕)

三位組標旗の画像

加賀藩には2台藩主前田利長が定めた十村(とむら)という役職があり、地方行政の改革充実に伴い、次第に重任を負うようになった。地方の郷士や豪農に、10か村ないし10数か村の地方(じかた)の支配をゆだねた組長制で、10村代官と称し、所属の部落の肝煎(きもいり)を束ね治め、その管轄内を組下という。群(こおり)奉行・改作奉行と肝煎・組合頭との間にあって、よく上意下達、下意上達の役割を果たした。笹川村の肝煎が所有していた十村三位組の標旗が、現在、笹川の竹内益裕家に所蔵されている。

三位というのは、古代、かなりの範囲にわたって当地方を統治していた佐味族からきた転訛(てんか)地名で、3位組はそのうちの朝日町の東半分ほどの区域に当たり、十村役沼保伊東家所轄の組下であった。何か事あるごとに笹川の肝煎が、この標旗を持って防災の任に当たり、あるいはこれを掲げて、十村御用所へ馳せ参じたことであろう。それより以前は、泊組、沼保組と称していて、3位組・五箇庄組に分かれたのは、文政4年(1821)の組割以後のことであるから、これはさほど古くないが、現存の標旗として、大変貴重なものである。

大きさ
横32センチメートル
縦75センチメートル

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