美麗なる俊峰を望む旅

朝日岳冬景色の画像

JR泊駅からの道を右折してほどなく、町道泊桜町線に出る。そこから東に見えるのが、 馬鬣山 (ばりょうざん)である。名前は、明治11年(1878)の行幸の折、山容が馬のたてがみに似ていると言われた天皇のお言葉に由来する。

この道をさらに南下し、北陸自動車道の下を通過するといきなり視界がひらける。黒部の谷を隔てて屹立する駒ヶ岳・僧ヶ岳等が眼前に展開する。中でも駒ヶ岳はさっそうとしていて、劒岳北方稜線の 掉尾 (とうび)を飾るにふさわしい姿をしている。

進むにつれて前山が後退し、後立山の峰々が順次美麗な姿をあらわにする。清水岳、旭岳、白馬岳、朝日岳というオーダーである。白馬岳は朝日町の最高峰で「しろうま」と読むが、信州側からの命名で、その東面に現れる「 代かき馬 (しろかきうま)」の雪形からきている。江戸時代、越中側からは、 大蓮華山 (おおれんげざん)とも上駒ヶ岳とも称していた。加賀藩黒部下奥山廻りの人たちがおとずれた山である。経路は、小川温泉-北又谷-柳又谷-猫又山-清水岳-旭岳。これには山崎・ 蛭谷 (びるだに)・笹川の人たちも 杣人足 (そまにんそく)として加わっていた。ついでながら、猫又山から祖母谷-餓鬼谷-東谷と廻り、鹿島槍ヶ岳まで長駆する廻り方も行われていた。

小川橋にさしかかる。ここからの朝日岳は、凄烈な小川の流れと相まって、ことさら秀麗である。夕焼けに輝くころは荘厳でさえある。この山の古称は 恵振ヶ岳 (えぶりがたけ) 恵夫理 (えぶり)ともあてる。現在の山名は越後側からの呼称であるが、我が町名の由来はこの山名にある。

柳田で舟見・宇奈月への道をわける。縄文時代の住居跡では我が国最大級といわれる 不動堂 (ふどうどう)遺跡や 百河豚 (いっぷく)美術館へはまっすぐ行く。

左に折れ、朝日岳を正面に仰ぎながら進む。殿町の辺りからは、駒ヶ岳の雪形を指呼の間に望む。残雪期、北駒ピークの尾沼谷側に、馬と鼻取りが姿を現す。これには、その昔、1日で代かきが終わりそうにないので、罰あたりにも夕陽を呼び戻そうとしたところ、馬と鼻取りが駒ヶ岳へ、いぶり差しが恵振山へ飛ばされたという 付会 (ふかい)がある。いずれも往時農耕の目安にしていたのであろうが、いぶり差しの雪形はいまだに確認されていない。これらの雪形を探し歩くのも悠久のロマンがあって楽しい。

道はこの先、小川左岸にへばり付くようにひらかれている。途中、眼下に満々と水をたたえたダム湖を俯瞰する。県営朝日小川ダムである。ここから右岸へ注ぐのが、 合ノ又谷 (あいのまただん)。かつては、黒部下奥山廻りのルートとして利用されていた。 吹沢谷 (ふきざわだん)に乗越し、北又谷、黒岩谷と谷伝いに越後との国境稜線に出て、朝日岳経由で白馬岳に登るものであった。

泊駅から行程およそ12キロ、時間にして20~30分(車利用)で山峡の小川温泉元湯に着く。泉質は、無色透明の弱塩泉で68度を保ち、胃腸病、婦人病、冷えからくる諸病に効くといわれている。また、子宝が授かる湯としても名高い。この温泉の発見は古く、元和年間とも寛永年間ともいわれるが、定説はない。

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