ビーチボール競技の歴史

平成24年度全国ビーチボール競技大会(動画)

平成25年度翡翠カップビーチボール全国大会(動画)

誕生秘話 「上を向く」

当町では、昭和30年代に農村の生活改善の一環として「腰まがりの予防」のためにバレーボール競技を取り入れ、作業姿勢の改善に取り組みました。当時は、田植えや稲刈りなどの作業はほとんど手作業だったので、いわゆる前屈(まえかがみ)の姿勢が多く、「腰まがり」や「腰痛」に悩む人が多かったと言われています。バレーボールは、地域ぐるみで取り組まれ、競技レベルも県内では常にトップクラスの成績をおさめるまでになりました。高度な技術が要求されるため、次第に特定の参加者に片寄っていったようです。

そこで町では、日頃スポーツに親しむ機会の少ない婦人や中高年層がレクリエーションとして、「気軽にできるスポーツ」を開発し「町民ひとり一スポーツ」を推進することにしたのです。

ちょうどそのころ、ゲートボールが普及してきましたが、「農作業で腰を曲げているのにレクリエーションでも腰を曲げるのでは意味が無い」と、”腰を伸ばす””上を向く”スポーツを基本に考案することにしたのです。

 

誕生秘話「ビーチボール」

朝日町では、従来からバレーボールが普及していたため昭和54年に、これをベースとして具体的に研究してみることにしました。

最初に試してみたのはバレーボールの皮の部分をはいだゴムチューブのボールでした。しかし、ボールのスピードは皮製のものと変わらず、強いボールに恐怖を感じるのも同じでした。しかも、当たってからの変化が大きく、普通のボールよりもプレーがしにくいこともわかりました。

そこで、海岸で親しまれているビーチボール遊びにヒントを得て、ビニール製のボールを使ってみました。ところが市販されているボールには大小さまざまな形があります。大きいボールだと遠くへ飛ばないし、小さいとプレーがやりづらいという欠点がありました。そんなとき、たまたま清涼飲料水の宣伝用ビーチボールがあったので、打ってみると、まことに具合が良いのです。そこで、これと同じ市販されているボールを使うことにしたのですが、これがすぐに割れるのです。しかもいろんな絵が入っていて、競技にはそぐわないので、割れにくく統一性のあるボールを独自に開発することにしました。こうしてできたのが現在の白と緑のボールです。

 

誕生秘話「ルール」

コートの大きさについても、バレーボールのコートを使ってやってみると広すぎて、ボールに届かないなどの難点があって、バトミントン・コートをそのまま使用することにしました。これなら、どこの体育館にも設けられているばかりでなく、公民館のホールや小さな空地でもできます。ところが、115センチバトミントンネット支柱をそのまま利用するとアタックのとき相手の顔が見えて打つ人も受ける人も恐怖感があります。かといって高すぎると背の高い人しかプレーできなくなります。そこでネットの高さは、普通の大人ならばネットの上に手が出て、しかも顔が隠れる180センチと決めました。そして誰もが前に出てアタックできるように、選手のポジションをローテーションすることにしました。これにより、バレーボールでは後衛でのプレーが多い人や背の低い人でもエースとして活躍でき、ビーチボールの魅力の一つとなったのです。

このように、一事が万事試行錯誤の連続でしたが、こうしてバレーボールとバトミントンのルールをミックスした独自のルールによる新しいスポーツが誕生していったのです。

 

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