板碑(陰刻五輪塔婆)

町 史跡 昭和41年5月25日指定

朝日町笹川淵尻

 流紋岩板状の碑で、石造塔婆である。一般に、硬砂岩などの扁平な石材が利用され、頭部を山形に整形し、その身部に仏や種子を彫り込んだ、最も簡明な塔形である。

 この板碑は、正面に仏の種子を彫り込み、五輪塔を線彫りで刻む。15世紀の後半に造仏が土豪層にも及ぶと、立体の五輪塔を半裁して平面的な塔形とする簡略化された様相が現れ、大和国(奈良県)生駒山周辺で、この様式の舟形板石に五輪塔を陽刻した板碑が流行した。それが修験者などによって、当地にももたらされたようである。この板碑は、陽刻五輪塔の造塔過程の前段階で、線刻の陽刻板碑の未製品と見るのが確かなようである。完成品は、竹内家と北野長井家の地神にも安置されている。

 この板碑は、中世の宮崎城主の美輪舘跡で、通称「手取田の塚山」に安置されていたが、明治時代の開田の際、塚を除去して、淵尻の八幡宮跡地で大岩横に祀られていた大将軍石像(陰陽道で方位を司る金星の神ともいう)と並べて祀ったものである。手取田の塚山は、天正12年(1584)に上杉景勝が土肥政繁を先鋒に宮崎城を攻めた際、宮崎城主の美輪権平が戦乱の折に落馬して捕えられた居館の庭跡にあった。この板碑は、戦に散った将士たちの供養塔として建立して祈っていたものであろう。

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