宮崎城跡

宮崎城跡(みやざきじょうせき)

県・史跡 昭和40年1月1日指定

住所 富山県下新川郡朝日町城山10

宮崎城本丸跡の画像

県内最古の山城である。越中越後の国境近く、東は親不知の嶮、西は黒部川扇状地、北には富山湾を隔てて能登半島を望み、真下には日本海側の交通幹線の北陸道をふまえる城山地塊(標高249メートル)の山頂から山服を利用して築かれた、天嶮と交通要地を押さえた防塞である。平安時代の終わりに近い寿永2年(1183)に、平家討伐の令旨を受けた木曽義仲が宮崎城の豪族宮崎太郎の一党とともに、後白河法皇の第二皇子「以仁王」の第一皇子「北陸の宮」をこの陣営に迎え入れて奉戴し、越中進攻と入京の足掛かりを固めた城である。

その後も、南北朝時代の抗争で、新田や名越、戦国時代には上杉や椎名・佐々等の武将たちが、国境の攻防にしのぎを削る合戦の拠点となった。やがて前田氏が新川郡を領有し、境関所を設けるとともに廃城となった。

今日残存する宮崎城跡にある御所跡を見ると、上下二段になっていて段の高さは四間あり、上段に御所を、下段に御所の外廊を設けたものと考察されます。そのころの石垣が今も残っており、いにしえの時代をしのばせます。

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