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朝日町の概要

町の沿革と概況
朝日町の歴史は旧石器時代に始まり、日本最大級の竪穴式住居が発見された縄文中期の不動堂遺跡からは、当時すでに集会や共同作業などが進んだ社会、文化をもった人々が生活していたことがうかがえます。さらに約1500年前の宮崎浜山玉つくり遺跡からは、ヒスイの原石を加工した
平安時代の地方豪族宮崎太郎は、後白河法皇の皇孫北陸宮を宮崎城に迎え入れ、平家討伐の軍を進めました。宮崎城は、戦国時代になると越中、越後の国境の地として数度に及ぶ戦場となり、国境警備のねじろとされてきました。これに伴って、和倉の地に土着した人たちが集落を形成したのが、泊町のおこりです。
江戸時代は加賀藩の統治下にあり、親不知を控えた越中の東縁という地理的条件から境に関所が設けられ、街道筋の泊は交通の要衝となり、宿場町として栄えてきました。
明治に入ってからは町村制が施行され、昭和26年には国の法律により町村合併が推奨されました。
そして昭和29年8月、山崎村、大家庄村、南保村、五箇庄村、泊町、宮崎村、境村、の1町6村が合併し、名峰朝日岳にちなんで「朝日町」と名付けられ、朝日町が誕生しました。
地勢
本町は富山県の東端に位置し、東は新潟県、長野県と接し、西は入善町、南は黒部市、長野県と接し、北は海岸線9.45km、日本海に面して遠く能登半島を望んでいます。面積は227.41平方kmです。
東南は標高2,418mの朝日岳に始まり、2,932mの白馬岳を主峰とする北アルプス連峰がそびえ、小川、笹川、境川、の三川はこれらの山々に源を発し、日本海に注いでいます。気候は概して比較的温暖であり多雨多雪であり、山岳地帯は、杉、松、落葉樹などの木材資源が豊富です。
位置
- 位置
- 東経137度33分50秒 北緯36度56分36秒
- 面積
- 227,41km2
- 人口
- 14,764人(男 6,890人 女 7,874人)平成20年1月1日現在
- 世帯数
- 5,112世帯 平成20年1月1日現在(住民登録)
町民憲章
南に雄峻なる朝日・白馬の山々、北に母なる有磯海。
文化の
私たちは、このすばらしい大自然と文化に誇りと責任をもち、より一層、心豊かな住みよい町を築きたいと願い、この憲章をつくりました。
一 互いにいたわりあい
たすけあいの輪をひろめましょう
一 スポーツに親しみ
健康で明るい家庭をつくりましょう
一 環境をととのえ
きれいな町をつくりましょう
一 教養を高め
うるおいに満ちた文化の町をつくりましょう
一 仕事に誇りと希望をもち
活気に満ちた町をつくりましょう